輸入手芸材料店【プチコパン】にようこそ!ボタン、アップリケ、ハンガリー刺繍の材料などいろんな国から直輸入の手芸用品をお届けします。

 

第十話:『キンモクセイの砂糖漬け』

 はかなく、なつかしく、神妙なキンモクセイの香り。
 空気がつめたく澄みはじめる頃に気がつくともう満開になっていて、 雨がふればもう跡形もなく散ってしまう、一瞬の魔法のような花の香りを、 いったいどのようにして魔女子さんは小さな空壜に 永遠に封じ込めようというのでしょう。
「こうしちゃいられない」おもての澄んだ空気につられるようにして ポッピンは外へ飛びだすと、30分後、キンモクセイをたっぷりと 採集した袋を手にして帰ってきました。そしてプッピンがお茶を 入れようとして出しておいたお盆の上に、パッとまき散らしたのです。
「わあ、いいにおい……こんなにポッペン、どこでとってきたの」
 するとポッペンは澄ました顔をして、だって明日の天気予報、 雨だったから、と答えるのでした。オレンジシャーベットの淡い色をした 小さな花びらはぷっくりしていて、まるで砂糖菓子のようです。
「そうだ、いっそのこと砂糖菓子にしてしまおうか」  プッピンが目をかがやかせて提案すると、
「そうね、明日になったらね」と目を閉じて、鼻をひくひくさせながら ポッペンは気のない返事です。
「でも、明日になったら色が変わっているかもしれないよ」
「だって、せっかくとってきたんだから、きょうは砂糖漬けにすることはない」
 と、ちょっとしたさざ波が二人の間に立ちはじめたちょうどその時、 まるで二人のやりとりを聞いていたかのように魔女子さんが入ってきました。 あの妙ちくりんなツギハギのクマ、失礼、ツィギーも一緒です。
「ようやく成功しましたの。キンモクセイの香りの結晶ですわ。 ツィギーもそれはよくやってくれましてね」そう言って、小指の先ほど のガラスの空き瓶をポッペンとプッピンの目の前にさしだすと、ポン!と コルクの栓を抜いたのです。
 一同にしばし沈黙が訪れました。その時になって初めて魔女子さんは、 室内にむせかえるような香りを放出しているお盆の上の花びらの存在に 気づいたのです。「しまった!」
 魔女子さんが研究を重ねたあげくようやく抽出することに成功した 「目に見えない香りの結晶」は、こうして一瞬にして行方不明になってし まったのでした。

   砂糖を溶かした水の中に、キンモクセイの花びらが漬け込まれています。  あとは自然に水分が蒸発するのを待つだけ。
 魔女子さんの研究を無にしてしまったお詫びもかねて、ポッペンとプッピンは キンモクセイの花の砂糖漬けをつくっています。
「でも研究はけっしてむだにはならないと思いますのよ。きっと、いろい ろに応用できるんじゃないかしら。たとえば今、こうして皆で美味しいお茶を いただいていますね。この思いでをぎゅっと凝縮して壜詰めにすることだって、 できるかもしれないでしょう。ね、そんな小さな壜が家にたくさんあったら、 素敵じゃありませんか?」
 魔女子さんはまだそんなことを言っていますが、さてみなさんはどう思 われますか?

(おしまい)

 
 おはなしtopにもどる  
 
  プチコパンtopにもどる