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第十五話:『ペンキの香いのする夜の話』

「そこの角を曲ったとこに、アスファルトが新しくなった道路があるでしょ、 新品のアスファルトの香いって、きらいじゃないな、そう思って 通りすぎようとしたら、立派な三脚を道の真ん中に出して、 きらきら銀色に光るその梯子の上にのぼって 懸命に刷毛を動かしているひとがいたんです。 その人は左ぎっちょで、右手にはブルーブラックとラベルのついた ペンキ缶をぶらさげていました。 ええ男の人です。年齢はちょっとわかりません」
 こう夢中でしゃべるポッペンの顔を一同は見守っていました。
「『なにやってるんです?』 と尋ねると、その人物はジロリとこちらを みおろして、また刷毛を動かしはじめました。
『見ればわかるでしょう。夜空を塗ってるんですよ』
 『そうですか』そういって、何事にも気づかなかったふりをして 通り過ぎようとすると、ふと頭の上をみるとそこは真っ白のカンバスです。 慌ててうしろを振り返ると、かの人物が刷毛を動かしている ちょうどそのあたりで、ブルーブラックの闇がまっぷたつに 分断されているではありませんか!
  これには驚いたのなんのって、だってこのときまで 闇というものは、薔薇色から菫色になって、それがインク色に だんだん濃くなっていくものだとばかり思っていたからです。」
 こういって、ポッペンは一同の顔を見回しました。 みな言葉もなく、固唾をのんだようにして話に聞き入っています。 部屋には蜜色の親し気なランプの光があふれています。
「『時間がない! 早く!』そういって、その人物はさも親切そうに 刷毛をこちらに投げると『ほら、』といってペンキも持たせてくれました。 梯子のてっぺんにのぼって、ペンキをたっぷりつけた刷毛を 一気に動かすのは、なかなか爽快なことではありました。 そのうちにはふと理解されてもきたのです、 闇とペンキの香いがおんなじだったことに…。
『そういや、近頃は闇の色がうすくなったというじゃありませんか。 電燈が明るくなったせいかと思っていたけど…』そんな世間話を しようとして、くるりと振り返ると、さきほどの人物は姿を消していました。 梯子も、ペンキや刷毛ももちろん、影も形もありませんでした。 気がつくと真っ暗闇の中にたったひとり、とり残されていたというわけです」
 ポッペンが話し終えると、一同シーンと静まり返りました。
「それで、そのお仕事にずいぶん時間がかかって、 到着が遅れたというわけですね?」
 プッピンがミルクティーのカップをソーサーにカチリと置きながら 口出ししました。
「遅刻してごめんなさい」。でも出鱈目お話ししたわけではないんです。 と、最後の方の言葉をポッペンがいい終わらないうちに、
「では、早くはじめましょうよ」魔女子さんが華やいだ声でいいました。
それで、各自に新しく配られた洋盃の中に、 赤いグミの色をしたジュースが注がれました。
 それは魔女子さんが製造したもので、彼女の国では 一年のはじまりにそのジュースをのむと「縁起がいい」と いわれているそうなのです。
 乾杯の後に、紙が配られました。これからの夢について、 その一覧を以下にこっそりとご紹介しましょう。
「鳥の羽根の動きを研究して、翼を発明したい」(魔女子さん)
「旅に出たい」(ツィギー)
「猫を飼いたい」(プッピン)
その中に、「遅刻をしないこと」と書かれた紙がまぎれこんでいたのは、 いうまでもありません。

(おしまい)

 
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